武道教育と無意識 第2回

前号では大雑把に言って、無意識に沈む認めたくない心の傷や、いやな思い、他人に知られたくない欲求(コンプレックス)と、どう向き合っていくかが武道競技を含め、人生をよりよく生きるための鍵であると言うことを述べさせてもらいました。
今月号からは無意識に潜むコンプレックスを理解してもらう為、具体的な武道の話に入る前に、どのようなメカニズムを用いてコンプレックスを無意識の彼方へと追いやっていくのかを述べたいと思います。

人間は、生まれてからの様々な経験や学習を通して、また、言葉の発達と共に自分と言う意識(自我)を獲得していくわけです。
前号でも述べましたが、人に起こりえる様々な体験は、その人にとって必ずしも都合の良いものばかりではありません。(むしろ都合の悪いことのほうが多いかも?)

そのため、心の成長過程を通して、意識にとって都合の悪い経験や体験から生まれた記憶を、無意識のうちに様々な方法を用いて、無意識の彼方に置き去りにし、押し込めてフタをし、意識には上らないようにする心の働きを、心理学では自我防衛メカニズムといいます。

自我防衛メカニズムは、

  1. 抑圧
  2. 反動形成
  3. 置き換え
  4. 昇華
  5. 退行
  6. 補償
  7. 同一視
  8. 投影
  9. 合理化
  10. 逃避

これら10通りの方法(心理学者によってこの分類には多少の違いがありますが)を微妙に組み合わせて、自分にとって都合の悪い意識(トラウマなど)を無意識へ追いやるわけですが、トラウマは当然、類似体験はあったとしても、人それぞれ同一の体験は存在しないので、この世に類似のトラウマは存在しても、同一のトラウマは存在しません。

また、トラウマなどを無意識へ追いやる自我防衛メカニズムも、先ほどの10通りの防衛メカニズムの何を多用するかの傾向が人それぞれかなり違います。
それら(トラウマ、自我防衛メカニズムの傾向)、後天的に身についた心の習慣(癖)のことを、世間一般的に言われる「性格」と言ってよいでしょう。

つまり言い換えれば性格とは、無意識に沈む自らが意識できないコンプレックスの全体的傾向とも言えます。自分の心に潜むコンプレックス自体を知らずして自分自身を知ることはできません。コンプレックスを省みることによってのみ、自らを知り他人を知ることの足がかりとなりえるのです。

自らの心の傾向を知る大事な要素となる、先ほどの10通りの自我防衛メカニズム個々について説明していきたいと思います。

しつこいようですが自我防衛メカニズム全体は、あくまで無意識で行われるのであって、自我防衛メカニズムを行う本人には全く自覚症状はありません。

自我防衛メカニズム自体が、無意識のうちに行われていると言うことが、一つのポイントとなることを良く押さえておいてください。

1. 抑圧

最も基本となる防衛メカニズムが抑圧です。
その名の通り無意識の世界に、不快なことや衝動を抑圧することを言います。
人間の心は、あまりにも不快な体験や心の傷をいつも意識していては心が不安定になるので、それらを無意識的に忘れ去ろうとし、自我を守ろうとしています。

皆さんは多重人格症をご存知でしょうか。
有名なビリー・ミリガンの例で知っている方も多いと思いますが、幼児期に虐待など、その人にとって受け入れ難い体験が生じると、その記憶を無意識に抑圧します。
そしてその体験があまりにも過酷な為、自分に起こった体験ではなかったように思い込もうとし、無意識の中でそれらを客観的に観察しようとする、いくつもの人格を形成(解離)しようとします。
そして無意識の中に、いくつもの副人格が形成され、ある時主人格を抑えて、副人格がかわるがわる意識の前面に顔を出す病気のことです。

副人格が意識を占領している間、主人格は無意識化してしまうため、副人格が前面に出ている間の出来事は、主人格には全く記憶にありません。ビリー・ミリガンは、副人格が前面に出ている時に、なんと連続レイプ強盗事件を起こしていたそうです。

この病気に対する治療法は、自分が副人格にのっとられているときの事を第3者(心理カウンセラー)に教えてもらい、抑圧した記憶を思い出すことにより、人格を統合するしか方法は無いそうです。
しかしながら、本人が自ら無意識的に抑圧した記憶なので、自らが自分にとってどんな不都合な思い出したくない記憶でも、勇気を持って振り返る意志が必要となります。

心理的な病理を治癒させるには、そのことが基本となり、神経症の場合も、抑圧したトラウマや、欲求不満のところまでリビドー(衝動)が退行し、そこに固着を起こしてしまう訳ですが、その人がその原因となる無意識に潜むトラウマや衝動を自覚することで治癒します。

また、社会が高度化し、複雑になった現代では、抑圧しなければならない事柄が多く、人間の基本的な防衛メカニズムが抑圧である以上、病気と言うほどではなくとも、誰しもが多重人格的な傾向を持っているし、神経症的な傾向を持っている。もしくは神経症になりえる可能性がありますし、抑圧する事柄の増大により、いまや日本人の約7割が、軽うつ病であるとも言われています。

つまり人間に性格がある以上、誰しもが程度の大小こそあれ、誰しもが精神的な歪みを抱えていると言うことなのです。無意識に沈む歪みを、意識が抑え込んでいだけなのです。もう一度、しつこいようですが、それらの歪みは無自覚なままなのです。

 

武道修行の第一歩はまず等身大の自己と向かい合う習慣を、身につけることから始めなければなりません。試合での失敗体験(負けた原因)は本来、振り向きたくない事柄ですが、振り向きたくない自分にとって、苦い思いを振り返る習慣をつける為に武道は大変適しています。

また、格闘競技で必要とされる闘争本能は、戦うこと自体に強いリビドーを必要とするため、抑圧された衝動を昇華させる為に最適と考えられます。

日ごろの抑圧された社会の中で、過度に溜め込んでいた衝動を発散させることは、精神の健康を維持する為に大変重要なことです。

若者の性犯罪も、衝動を発散させる為の一つの手段といえないこともありませんが、発散の対象は必ずリスクの少ない弱者(女性や幼児など。過度のいじめ等も、このような理由で行われます)に向けられてしまいます。

その点、武道(格闘競技)は、発散の対象がリスクの高い方(レベルの高い試合等)へ向けられることとなり、リスクが高い分、挫折も多く、挫折を乗り越えようとする(補償)自らを省みる習慣を得やすいと思われます。

現代社会のように、抑圧することの多い状況において、初歩的な武道教育の目的は、前記した事柄にあると言えるでしょう。

格闘競技を志す皆さん、意識の上ではどんなに強くなりたいと思っていても、無意識の中では心が痛むことを恐れ、衝動を無意識に抑圧する習慣が日常生活の中で多すぎるとしたら、努力に見合う成果を得ることができるでしょうか。

先ほどから繰り返し述べているように、都合の悪い自分であっても、勇気を持って等身大の自分を省みることが希望につながり、それが武道修行の第一歩です。

 

次号、無意識に潜む心の傾向を、自我防衛メカニズムの説明を用いて、さらに詳しく述べていきたいと思います。

皆さんの身の周りの人で坑うつ剤や精神安定剤を常用している人はいませんか?
また、ドラック等を使用している人はいませんか?
実は驚くほど多くの人が使用しているのです。
私は、それらのことも武道を活用することにより、解決される問題であると信じています。
続きは次号にて

小沢 隆 首席師範

禅道会 小沢隆 首席師範

東海大学在学時代にフルコンタクト空手を習い始め、84年に大道塾に入門。飯田支部長を経て、99年に禅道会を設立。

  • 空手道禅道会 首席師範
  • NPO法人日本武道総合格闘技連盟 理事長
  • ディヤーナ国際学園 学園長
  • NPO法人文化教育活動支援協会 名誉会員
  • 空手を安全に収得できる稽古体系の確立に対し「大衆ノーベル賞」とも言われる東久邇宮記念賞を受賞
  • これまでの武道教育の経験をまとめた「無意識の教育」を出版
  • 武道と格闘技の根本的な違いを明確化した「武道の心理学入門」を出版

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