武道教育と無意識 第3回

前号までは一口に言って、武道修行の第一歩は、自分にとってどんなに都合の悪いことでも、等身大の自己を省みることが大切であり、また、そういう姿勢を通して自らのコンプレックス(無意識に沈む認めたくない思い、嫌な思い、心の傷や他人に知られたくない欲求など)を省みることの重要性と、コンプレックスを無意識の彼方へ追いやっていく自我防衛メカニズムの中の、抑圧までを説明させて頂きました。

前号でも述べましたが、無意識的な心の傾向(癖)は、十通りの自我防衛メカニズム(1.抑圧 2.反動形成 3.置き換え 4.昇華 5.退行 6.補償 7.同一視  8.投影 9.合理化 10.逃避)を微妙に組み合わせて、自分にとって都合の悪い意識を無意識へ追いやる訳ですが、自我防衛メカニズムの何を多用するかという傾向が、人それぞれかなり違います。

自らの心の傾向を知るために、大切な要素となる自我防衛メカニズムの個々について、前号では、1.抑圧について説明しました。
今月号は、2.反動形成から説明していきます。

2. 反動形成

反動形成とは、無意識に沈むコンプレックスや衝動と逆のことを意識し、行動することを言います。

人の感情とは元来、両面価(アンビバレンツ)な性質を持っているようです。愛と憎しみは正反対の感情であるが、ちょうどコインの裏表であるように、両者は一つの感情の裏表であると心理学では考えられています。

例えば、極端に姑を大切にする嫁は、無意識下に強い憎しみを感じていること(コンプレックス)があります。

無意識下の思いを、意識(自我)が無意識的に否定したいため、正反対の行動により、憎しみによる攻撃的衝動は外へ出ることが出来なくなり、周囲からは大変立派なお嫁さんだと見られることになります。
このような例を反動形成と言います。

このような例なら特に問題ありませんが、これが激しく愛し合っている男女の場合、何かの拍子に感情的なケンカとなり、意識のコントロールが弱まった時に、無意識に潜んでいた憎しみからくる攻撃的衝動(コンプレックス)が意識をはねのけて支配した時、刃傷沙汰となる場合などは、笑い事では済まされません。
男女の刃傷沙汰(ストーカーなどを含む)等は、このようなメカニズムを経て起こり得ると考えられます。

これらのことを最小限に食い止めるためにも、例え認めたくない自分であっても、自らを省みることが必要なのです。人間には性格がある以上、誰の無意識の中にも、コンプレックスは存在しています。私達がコンプレックスに支配されないためには、それを意識化することが必要となるのです。

コンプレックスを全く自覚していないような心は、能動的に成長していくことはありません。自分の欠点や弱点を認めることで、心的エネルギーはむしろ、創造的な方向へ向かう可能性を持っているのです。

ですから、嫌なもの、つらいものといった側面だけでコンプレックスを考えることはないし、本来、自分にコンプレックスがあることを隠す必要も少しもないのです。

 

武道を志すみなさん、例えば試合であなたの対戦相手が、もの凄く強そうな雰囲気を持っていて、強気な発言をしていたらどう思いますか?

あなたはその人を、少しも恐れる必要はありません。なぜならばその対戦相手は、無意識に大きな不安を抱えている可能性が高いからです。

コンプレックスを省みることにより自らを知り、相手を知ることが、勝利への方程式と言ってよいのです。そしてその方程式は、格闘競技を越え、あなたを人生の勝利者へと導いてくれるのです。

3. 置き換え

本能的衝動や欲求の目標レベルが高く、実現するのにリスクが大き過ぎる場合、欲求のレベルを下げてリスクを少なくし、対象を実現容易なもの、実現可能なものに置き換え、代理の対象により欲求を充足することを、置き換えのメカニズムと言います。

例えば、ある青年の前にAという大変魅力的な女性と、Bという平均的な女性がいたとします。なぜか青年は、Bの女性に惹かれたとします。青年の無意識には、Aは美人でライバルも多く、フラレると自尊心が傷付き、リスクも高いことから、無意識的に欲求のレベルを落とし、意識的にはBの方が僕に合っていると思い、恋愛感情を抱く場合を指します。ここで注意したいのは、青年が意識的に欲求のレベルを下げている場合には、それは自我防衛メカニズムの置き換えではないという点です。

再三申し上げている通り、自我防衛メカニズムは、あくまでも無意識的に行われているのであって、本人には自覚症状はありません。青年の精神状態は、意識的にはBという女性に恋愛感情を持ち、無意識的には欲求が置き去りにされ、抑圧されることになります。そうした例でも、置き去りにされた欲求はコンプレックスとなり、本人はまったく無自覚でも、無意識の底から表に出るチャンスを伺っているのです。

ある意味戦後の日本社会は、青少年にこの置き換えを強要してきたと言っていいかも知れません。会社に入社し、終身雇用者として社会に適応するためには、置き換えること自体が社会適応能力に等しいと言ってよく、無意識に取り残されたコンプレックスを慰めるため、会社帰りに安居酒屋へ足を運び、ストレスの発散を行う行為が平均的な社会人の姿であったことを考えれば、置き換えることは、必ずしも否定されることではありません。

しかしながら、両親の背中を見て子供は育つため、また、両親がわが子に、出来る限りリスクを避け、より安全な人生を願い、自らの人生を子供に投影するため、子供達は、子供らしい衝動や欲求を置き換えて、抑圧するようになったのではないでしょうか。そしてその結果、子供の無意識自体にも、年齢に不相応なコンプレックスが住み始めたのではないかと思われるのです。

現代の青少年は、意識的には非常に知性的で、理解力も高いと思います。しかしそれは、年齢不相応に発達した無意識に住むコンプレックスを、覆い隠すための自我防衛的な知性であるという気がしてなりません。

年齢不相応に発達したコンプレックスの暴発が、キレる若者の増加を生み、齢不相応に抑圧した衝動が、性的異常犯罪の低年齢化を促し、さらには、無意識に住むコンプレックスを他人に悟られたくないという無意識的な思いが、引きこもり等を増大させているのではないかと私は考えています。

社会に住む我々大人は、自らの人生観に関係なく、自分の子供であっても他者と認め、子供が子供らしい欲求を置き換えることなく、例えリスクが高くとも、立ち向かっていけるような教育をすることが大切ではないでしょうか。

創造性や真の知性、ストレス耐性、また、他者を大切に思う感情等は、リスクの低いところからは生まれません。リスクが高くても、創造性や知性の力で乗り越えることにより、子供の精神は発達するのです。また、そのような経験を通して成人した時、自らのコンプレックスと向かい合えるための基礎作りになっているのです。

 

中高年のみなさん、空手道禅道会では、お父さん達のバーリ・トゥードと、その子供達の大会、というような趣旨の試合を行っているのをご存知ですか?

空手道禅道会では、子供から青年、中高年の人達と、幅広い年齢層の人達が稽古に取り組んでいます。
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続きは次号にて。

小沢 隆 首席師範

禅道会 小沢隆 首席師範

東海大学在学時代にフルコンタクト空手を習い始め、84年に大道塾に入門。飯田支部長を経て、99年に禅道会を設立。

  • 空手道禅道会 首席師範
  • NPO法人日本武道総合格闘技連盟 理事長
  • ディヤーナ国際学園 学園長
  • NPO法人文化教育活動支援協会 名誉会員
  • 空手を安全に収得できる稽古体系の確立に対し「大衆ノーベル賞」とも言われる東久邇宮記念賞を受賞
  • これまでの武道教育の経験をまとめた「無意識の教育」を出版
  • 武道と格闘技の根本的な違いを明確化した「武道の心理学入門」を出版

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