武道教育と無意識 第5回

前号でも述べましたが、コンプレックスは、普段は意識に抑えられていて顔を出すことは少ないのですが、私たちの行動や動作、感情に強く影響を及ぼしています。

コンプレックスが普段、動作に与える影響の譬(たとえ)として、「人の癖は四十八癖」とか「なくて七癖」などと言いますし、感情に与えている影響の譬(たとえ)として「十人寄れば十人十色」などと言われるように、その人の動作的癖や主観の違いは、人それぞれ違っているコンプレックスが、普段から強い影響を及ぼしているからなのです。

また、無意識が露出することによって起こる錯誤行為(意識のコントロールが弱まった時に露出してしまうコンプレックスを含む深層心理を現す場違いな言動や動作)は、人がコンプレックスに一時的に支配された状態といってよいでしょう。

武道競技の試合中にコンプレックスに支配されれば、当然その試合は負けることになりますし、日常生活においては致命的な結果を生んでしまう可能性すらあるのです。

武道は、相手とどう闘うかが主題ではありません。

自分の技も心も含めて、自らの中に潜む敗北の要素を、意識的注意力(第三者の目で、特定のことに粘り強く注意を向けて集中すること)でコンプレックスを省みて、意識領域に組み入れて自覚することにより、心をより向上させ、心技体を完成させることが主題なのです。

そのためには、再三申し上げている通り、心の構造自体をよく理解することが、自らの全体性を獲得するための王道であり、自らの無意識的な心の傾向を形づける、自我防衛メカニズム(1.抑圧 2.反動形成 3.置き換え 4.昇華 5.退行 6.補償 7.同一視  8.投影 9.合理化 10.逃避、これら十通りの方法を微妙に組み合わせて、自分にとって都合の悪い意識を無意識へ追いやり、コンプレックスを形成させるメカニズムのこと)の理解が必要なのです。

全号では、4.昇華までを説明致しました。今月号は、5.退行から説明していきたいと思います。

5. 退行

現在の意識状態で、どうしても問題がうまく解決できなくなり、自我を守りきれなくなった時、現在より以前の意識状態での解決方法により自我を守ろうとするメカニズムを退行と呼びます。

具体的には、子供の頃にしていた衝動解決方法によって、今の不満を解決しようとするメカニズムで、自分の下に赤ちゃんが生まれて、兄や姉となった時「赤ちゃん返り」するのもこの退行です。

親が赤ちゃんばかりに気をとられ、自分にかまってくれないと、兄や姉などになりたくないと思う。こうして、赤ちゃん返りになるのです。このような例は、夫婦の間にも現れます。

例えば、ある青年が、幼年期に兄弟間での親の愛情分配にフラストレーションを感じたまま成長した場合、そのフラストレーションがコンプレックスとなります。

その青年が結婚し子供が出来、奥さんの愛情分配の比較が子供に過大となった時、その青年の幼年期に形成されたコンプレックスが、現在の状態に転移(ある行動が別の場面に形を変えて現れてくること)することになり、その青年は奥さんに対し退行するようになり、家庭生活においては、まるで幼児のようになってしまうことがあります。

また、極端な場合は、暴れたり、ドメスティックバイオレンスとなったり、子供に対して暴力を振るうなど、家庭生活の崩壊につながることもあります。

また、そのような過度な退行が起こる一般的原因については、前号でも記しましたが、現代人が幸福の基準を生活の安定のみに偏って置いたことから、欲求のレベルを下げてリスクを少なくする置き換えのメカニズムを多用し、やがて欲求を抑圧するようになり、結果として現代人は、過度のコンプレックスを無意識に抱え込むことになったと考えられるのです。

そのため現代の青少年は、よりリスクを下げた人生を歩む分、挫折の経験も少なく、同時に挫折を乗り越えた経験も少ないためストレス耐性も低く、他者の痛みを感じとる感性自体が充分育っていないため、ストレスが生じると退行し、コンプレックスの露出先が、一番身近な弱者に向けられることが多発するようになります。

過度の退行のメカニズムが、近年増えてきている幼児虐待やドメスティックバイオレンスを増大させていると私は考えています。現代人の無意識に生息する肥大化したコンプレックスは今や、あなた方の意識を食い荒らそうと、そのチャンスを虎視眈々と伺っているのです。

6. 補償

補償とは、特に劣等感を持った時に、その劣等感を克服しようと心的エネルギーが集中される場合を指します。

体の弱い子が人一倍頑張ってスポーツ選手になったり、あるいは逆に勉強で一番になったりするメカニズムです。

フロイトの弟子のアドラーによれば、「子供は、小さい時から優越欲求や完全欲求を持っている。しかし、力が弱いため何も出来ないし、周囲は自分よりも優れた大きな子供や大人で一杯である。そのため、子供は本能的に生存することに危機感を抱いて劣等感を持ち、コンプレックスに苛まれる。そこで、それを補償しようというメカニズムが働く。中でも、体の弱い子供や体力のない子供は、劣等感を強く感じるため、この補償のメカニズムが他の子供よりも強く働く。」

アドラーはこれを器官劣等性と呼んでいます。私は、補償のメカニズムは、青少年の武道教育にとても大切な心的現象だと考えています。

自らの劣等感から目をそらさずに、それを克服しようとすることは、言うまでもなく子供の成長にとって大変重要であることは、読者のみなさんにも容易に理解して頂けると思います。

けれども、よく考えてもらえばわかると思いますが、現代社会では、子供が補償を身につけるチャンスが極めて少ないのです。

言い換えれば、子供が器官劣等を感じる機会そのものが、ほとんどないのです。

読者のみなさんはもうおわかりですね。問題点を箇条書きにすると、

  1. 少子化の影響で一人っ子が多く、兄弟がいない
  2. 昔のように年齢の違う子供が、集団で体を使った遊びをしなくなった
  3. バーチャルな遊びが主体となり、年齢の違う子供との接触が少なくなった

以上のような生活環境の変化に加えて、子供の自我を傷付けまいとする両親の投影が、子供の子供らしい自我のぶつかり合いを妨げ、更にはその投影が社会や学校に向けられ、教育をがんじがらめにし、そんな社会風潮が、子供にとって大切な補償のメカニズムを学習するチャンスを、みすみす損なわせていることを考えれば、私たち大人が、今こそ自らを省みる時期にきていることは、現代の青少年の現状を見れば自明の理というべきでしょう。

私は武道空手道を通して、まずは子供自身が、どんなにリスクが高くとも劣等感を克服しようという無意識の心の習慣をつけさせたいと考えています。

武道は年齢の違う子供たちが集団で稽古に励み、試合はトーナメントのため1人しか優勝することが出来ません。

1人以外が必ず負けることを体験する訳です。現代のような社会風潮でも、武道においては民主的に補償のメカニズムを学ばせることが出来ます。

少年期より、いくつもの挫折を乗り越え、繰り返し繰り返し補償を経験させることにより育まれる智恵やストレス耐性、他者への感謝の念は、子供たちの一生の財産となるでしょう。

私たち大人は、子供が正当に傷付くことを決して恐れてはいけません。人生に絶望はありません。子供たちが挫折した時に、私たち大人は自らと向き合いながら、心から理解と援助の手を差しのべ、その先にある希望を教えてあげればいいのです。

武道の試合は、勝つこともあれば負けることもあります。その両方に大きな意味があるのです。

武道は、ただ試合場やリングで勝てばよいというものではなく、もっと大局的な人間の成長に関わるものなのです。

私達には、自らの命と向き合うという個人責任が存在しています。

私は、2004年の年頭に当たり、私たちの集うこの社会が、調和のとれた美しい社会となるよう、1人でも多くの人が、自らの無意識の奥底に眠る何かを自覚することを切に願っています。
続きは次号にて。

小沢 隆 首席師範

禅道会 小沢隆 首席師範

東海大学在学時代にフルコンタクト空手を習い始め、84年に大道塾に入門。飯田支部長を経て、99年に禅道会を設立。

  • 空手道禅道会 首席師範
  • NPO法人日本武道総合格闘技連盟 理事長
  • ディヤーナ国際学園 学園長
  • NPO法人文化教育活動支援協会 名誉会員
  • 空手を安全に収得できる稽古体系の確立に対し「大衆ノーベル賞」とも言われる東久邇宮記念賞を受賞
  • これまでの武道教育の経験をまとめた「無意識の教育」を出版
  • 武道と格闘技の根本的な違いを明確化した「武道の心理学入門」を出版

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