武道教育と無意識 第8回

このコラム連載四回目の「武道教育と無意識 第4回」でも記しましたが、私が「無意識」の存在に気付くきっかけとなったのが、桜の花を観た瞬間の感動でした。もう十余年も前の、ある春先の日のことです。少年期より私を苛み続けてきた内的不確実感(生と死に対する感情的自己矛盾から生じる孤独感)や、それを解決し得ない武道に対する疑問。

当時、保護者から頼まれて預かっていた子供達や、道場生に対する指導上の迷いに苦しめられていた私は、これから彼らをどのように指導していくべきなのか、そして何より自身が目指して来た道は正しいのか……何度も自問自答を繰り返していました。この私の抱く悩みは、そして、疲労感は一体どこから来ているのだろうか。人間の心の実態とは一体何であるのか、そう考え続けていたのです。

その頃、心も体もバラバラになりそうな感覚に苛まれていた私は、「早く桜の花が咲いてくれないかな。桜の花が咲いてくれたら、どんなにか気持ちが慰められるのに」そんな思いを募らせながら、いつもの桜並木のランニングコースを走り続けていました。「今ある私の意識は、私をコントロールしているものは何者か……」そんな時、瞬間的に、また確信的に感じたのです。ふと空を見上げると、昨日まではまだ膨らんでいた蕾だった桜が、一斉に花を咲かせていました。待ち望んでいた桜の花が咲いたのを観た時、私は初めて自分自身の心を苛み続けていたものの正体に気付きました。

それと同時に、武道本来の意味や心、それ自体の構造などがいっぺんに閃き、自分は今後何と向かい合っていけばよいのかを感じ取ることが出来たのです。この時私は、コンプレックス(意識の中に潜む認めたくない思い、心の傷や他人に知られたくない欲求)などの一部を引き上げ、意識化したと確信し、ようやく武道の入口に辿り着いたと実感し、コンプレックスに埋められている自己と出逢う旅をすることを少しも迷わなくなりました。

それまでの私の主観は、コンプレックスに支配されていて、真実と全くズレていたのです。そのズレた主観的自然感が、私の無意識に自虐的な武道感を形成させていて、迷いの原因となっていたことに気付いたのです。迷いや苦しみの根本的原因は、コンプレックスに支配された主観的事実を真実と思い込み、自らを省みない、かたくなな意識から生じる実体のない幻影のようなものなのです。

自分と自分の外側の世界の、ありのままを見ることが大切なのです。外側の自然と自分の内側の自然は、別々のものではありません。外と内を分けているのは私達の心であって、想念や感情が空模様のようなものであるのと同じく、そもそも自然は一つであることを、私達は悟らなければなりません。部分か全体かはさて置き、部分の中だけでどんなに小細工をしても、問題の根本的な解決は望めません。

私達には、自らの命と向き合う個人責任が存在しています。自我は命との約束を守らなければなりません。近代の社会や教育は、自我を守ることのみを大切にして、自らの命と向き合うことを避けて来ました。その結果、心の内なる自然が破壊され、自然環境も破壊されて来たのです。自らの心の問題は、決して自分だけの問題ではありません。他人に迷惑をかけなければいいと開き直る問題でもないのです。社会現象と心のあり方、個人の人生と心のあり方、また、身体と心のあり方は、目には見えなくてもつながっているのです。

 

話は変わりますが、読者のみなさん、一度信州に遊びに来ませんか。私の住む飯田市は南信地方に位置し、西側に中央アルプス、東側には南アルプスと三千メートル級の山々に囲まれた盆地の中にあります。二十年ほど前に飯田市の南側にあたる「阿智村」という所に温泉が湧き出て、その一帯は温泉街になっていますが、北信に比べると観光地は少なく、それだけに手つかずの自然が残っています。

私の一番のお気に入りの場所は、飯田市から車で約一時間ほどの所にある「大鹿村」という、人口二千人足らずの小さな村です。南北朝時代には、南朝方の「後醍醐天皇」の第八王子「宗永親王」という人が、この地方の南朝方のゲリラ戦の本拠地として隠れ住んでいた村だそうです。(間違っていたらゴメンナサイ)

村には「宗永親王」のお墓も現存していて、そこを訪れると松雄芭蕉の「夏草やつわものどもが夢のあと」などの俳句を連想させ、もう気分は「奥の細道」です。飯田市から松川町へ、松川町からは川沿いで狭く、ほとんど人家のないうねり道を約三十分、突然密集した人家が現れ、私も初めて大鹿村を訪ねた時には「こんな所に村があったのかぁ!」と大変驚かされました。最近は、私も大分忙しくなってしまい、なかなか行けなくなってしまいましたが、それでも年に二、三回はこの村を訪れます。

この村の中心部からさらに車で十五分、実は、我々禅道会の隠れ家、常宿にしている「かねやす」という民宿があります。この民宿のサービスは恐らく世界一、鹿の刺身に岩魚の刺身、猪の焼肉だの手作りこんにゃくだの、野性味あふれる食べ物がこれでもかという位、所狭しと囲炉裏を囲んだ食卓に並べられます。その量たるや禅道会一の大食漢といわれる、広島支部長の秋山賢治君でもとても食べ尽くすことは出来ません。

その上、チェックインチェックアウトなどはなく、宿泊した朝食後、朝寝を楽しんでいると、宿のおかみさんの「昼ご飯も食べていって」との一言。遠慮なく頂いていると、さらにはスイカのデザート。子供の頃、親類の家に遊びに行った時のことが思い出されて童心に帰ります。(このような退行なら健全です)巡る山々や、囲炉裏の赤い炎を眺めながらビールグラスを傾けていると、本当に極楽、時にはこのような時間も必要です。読者のみなさん、ぜひこの宿で、人生のこと、武道のことなどを私達と一緒に語り明かしませんか。

 

実は禅道会では、有志が集い「NPO法人文化教育活動支援協会」というNPO法人を設立し、文化と教育の総合雑誌「ゆう」を発行したり、『歩く旅、かねやすで語ろう会』など、様々な文化活動を行っていて、イベントに参加する人を大募集中です。武道をやっていない人も大歓迎、是非ご一報下さい。(尚、このNPO法人の代表者は、長野県の最南端にある阿南町という町の女性道場長で、二十歳位までは洒落にならないほどの酒乱だったのですが、武道で立派に更正し、大変やさしい女性に成長しました。バーリトゥード空手は、女性も男性もやさしい人ばかりなので、ご安心を)

さて、いよいよ次号より、武道習得課程の中で、具体的にどのようにコンプレックスと向かい合っていくのかを、順を追って述べていきたいと思っています。

武道は宗教ではありません。また、心理学でもありません。読者のみなさんには、武道をわかりやすく説明するために心理学的手法で説明を試みて来ましたが、あくまでも武道は、武(格闘の現実性、実践性)を追及することにより、自分を冷静に省みる中で自らを悟るものです。身体性を省みない現代教育のように、心や意味が身体を離れて一人歩きをしてはならないのです。身体性の完成こそに、武道本来の意味があり、形から入ることにより、心を宿せるものなのです。
続きは次号にて。

小沢 隆 首席師範

禅道会 小沢隆 首席師範

東海大学在学時代にフルコンタクト空手を習い始め、84年に大道塾に入門。飯田支部長を経て、99年に禅道会を設立。

  • 空手道禅道会 首席師範
  • NPO法人日本武道総合格闘技連盟 理事長
  • ディヤーナ国際学園 学園長
  • NPO法人文化教育活動支援協会 名誉会員
  • 空手を安全に収得できる稽古体系の確立に対し「大衆ノーベル賞」とも言われる東久邇宮記念賞を受賞
  • これまでの武道教育の経験をまとめた「無意識の教育」を出版
  • 武道と格闘技の根本的な違いを明確化した「武道の心理学入門」を出版

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